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netuの日記

大学生の現役塾講師の日常を綴るブログです。

高校時代の話でもしようと思う

中学・高校 物語

高校1年。

中3のときに起こした暴力事件で、

一躍(悪い意味で)有名になっていた俺は、

学校の人間全員が自分を見下していると思っていて、

人間不信に陥っていた。

 

そのため学校では周りの人間と交流することができなかった。

また、プールの授業が嫌で嫌で仕方なく、たびたび見学したことも注目を浴びる原因となっていた。

泳げないから嫌だったのだ。

周りと交流することもなかった。また、成績もそんなに良くはなく、運動もからっきしだったので、

皆に誇れるものがなく、鬱屈していて、学校に行くのが嫌で嫌で仕方なかった。

 

実際、遅刻の回数は高校1年の時、年間30回にのぼった。

家に学校から、「お宅の息子さんは遅刻の回数が多く、このままでは進級に影響します」と手紙が届いたほどだ。

 

しかし、「ここで学校をやめたら何のために進学校に入ったんだ。辞めてしまったら中学受験した意味がなくなってしまう」、

と思っていたので、何とかぎりぎりで耐えていた。

「自分をバカにしたり、攻撃してきた人間に負けたくない。」

「学校をやめたらそいつらから逃げたことになってしまい、負けることになる。」と思っていたから、という理由もある。

 

唯一所属していた将棋部では人間として認められていた気がしたので、

高校1年は部活のために学校に行っていたといってもいい。

 

家に帰ると、大好きなアニメとゲームをしてストレス発散をした。

ただ、オタクだと思われるのが嫌だったので、周りの人間に話すことはなかった。

『ゲームしたり、アニメ見て遊ぶのが悪いこと』、という風に親に教育され、

そのように思い込んでいたのもあり親に隠れてこそこそやっていた。

 

高校2年の途中まではそういう感じが続いたが、2学期の中間テストでようやく勉強の実が結び、クラスで1位を取ることができた。

この出来事がきっかけで、担任や周りの僕へのイメージが変わり、やっと人間らしい交流ができるようになった気がする。

その後は、家ではゲームとアニメを楽しみつつ、定期テストで結果を出すことに味を占めて、それに関しては頑張るようになった。

 

進学校に入ったからには、良い大学へ行きたいと思っていたので、

成績の良い人間や受験への意識が高い人間との交流が増えると、学校がだんだんと楽しくなっていった。

そして、オタク趣味を明かせる人間も出てきて、割と充実した生活ができるようになっていった。

 

部活では相変わらず大会では負け続けていたが、このころから、なんとなく、悔しい、大会でも勝ちたいという思いが芽生え始め、

自分なりに棋力を挙げるための努力をするようになった。

ただ、ほとんど何も考えず思いついたことを愚直にやっていて、どこか空回りして結果が出ることはなかった。

 

そんなこんなで受験の時期を迎え、高3になると部活を引退するというのが恒例だったので、僕もそれに従った。

高3は勉強一本に絞ることとなった。

 

また、高校2年での勉強での目標が、選抜クラスに入ること、または努力賞を取ることだった。

しかし、教師や周りに候補扱いされながらも、どちらも獲得することができなかった。

非常に悔しかったことを覚えている。

 

選抜クラス…成績上位者が入れるクラス。一般クラスとは授業のレベルが異なる。

努力賞…学年末、成績評価全体が10段階評価のうち8.0以上取れた者が受け取れる賞。学ランに付けてドヤれるバッチが貰える。高3はちょっとした記念品が貰える。ちなみに8.5以上は優秀賞と呼ばれ、9.0以上取ると学費が免除になる(詳細は知らない)。俺は体育や英語コミュニケーションがめちゃくちゃ苦手で嫌だったのでそれが足を引っ張った。

 

高校3年ということもあって、また一橋大学を第一志望としていたこともあり、

周りからは勉強しないとヤバいよと言われていて、そうなのかと思って(ほとんど何も考えてなかった)、勉強し始めた。

学校に自習室があったので4月からそこでずっと勉強していた。

勉強の仕方といえば、教師に言われたテキストを言われた通りに繰り返し繰り返したくさんの量をやるだけだった。

工夫とかしなかったし、ましてや戦略など立てなかった。

だから、一橋には落ちたんだと思う。勉強自体の記憶はあまりない。

「眠かったなー。」とか、「わからない問題を見つけ出して職員室に行くのが楽しみだったなー。」とか、そんな感じ。

 

勉強以外ではクラスで目立ちたい。というのはあって、

とりあえず友達の真似をした。そいつはいちいち行動がオーバーというか、

他の奴とは違って見えたので、真似すれば俺も面白くなれるかも、と思ったのだ。

俺はそいつに引っ付いていた。おかげでそいつとは仲が良いという、周りの印象がついたようだった。

それで俺が面白くなれたかと言えば、そうではない。所詮ただの依存だった。

他者から学ぶ姿勢は大事だが、それは自信を付けて自立した上でのことだ。

 

また、クラスにいた、痛い奴。

俺とそいつはそれなりに話をする仲だった。

しかし、皆がそいつをバカにするので、皆と仲良くなりたかった俺はそいつをバカにするようになった。

これはホントに良くなかった。いまなら、何を言われようと、そいつと仲良くするだろう。

しかし、親和欲求が強かった俺は皆と仲良くしたい気持ちが勝った。

 

定期テストでは常に1位か2位で、クラス内の実力もトップクラスだったとは思うが、

俺のことが基本的に気に入らない人間が多かったクラスだったので、あまり認められなかった。

 

まあ、第一志望の一橋大学は逃したものの、慶應大学には合格できたので、良かった。

また、高2の時に逃した努力賞もキチンと取れたので、雪辱を果たせた。

 

振り返って、高校生活は高校2年が一番楽しかったかな。

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