tamutenの日記

塾講師はやめました。今はプログラマーやってます。

女の子を誘うかどうかは自分の問題。それに乗るか断るかは相手の問題。

最近、アドラー心理学の「課題の分離」について学びました。それをもとにタイトルについて考えてみます。

 

友達は少なくていいと思いますが、親友がいたらいいな、とか、彼女はやっぱりほしい、とか思いますね。生きにくいじゃないですか。価値観があってなんでも話せる友達がいないというのは。愚痴を言う人がいないのはさみしいし。

 

なんで話しかけられないんだろう、って思いますけど、結局空気を読みすぎてしまうし、気を遣いすぎてしまうんですよね。自分が嫌われないかどうかってね。でも、相手が自分を嫌いになるかどうかは相手の問題というか、相手の問題なんですよ。何も話さなくてもそれが原因で嫌われることもあると思うし、嫌うかどうかは相手の気分次第なんですよ。自分が仲良くなりたいと思っても、相手も仲良くなりたいと思っているかはわからない。それは相手の問題なわけです。

 

じゃあ、自分が仲良くしたい女の子がいたとして、食事に誘うかどうかとかは自分次第、それに対して相手がOKするか、断るかは相手の問題なのです。自分には相手をコントロールすることはできない。当然、断られたらどうしよう、とか思うわけですが、これは自分に置き換えてみたらどうでしょうか。自分だって、誰かに誘われて、でも行きたくない、断りたいってことあるじゃないですか。自分にも誘われて断る権利があるのと同様に、相手にも誘われて断る権利があるのです。自分にできることは誘いの言葉をかけるところまで。

 

結局誘ってみてその反応を見るしかわからないのです。コミュニケーションだから。それでOKだったらラッキーだし、断られたらしょうがない。相手は行きたいと思ってないということなんだから。それは相手の問題で、基本的に自分ではどうすることもできない。それに、たとえ断られたって、自分の価値が減るわけではない。自分のことを価値があると思ってくれる人は地球上のどこかにいるわけですから。この相手ではなかったということ。