低学歴でもできる!家庭教師、塾講師は頭のよい人の職業ではない!
低学歴でもできる家庭教師、塾講師。
私はそれを提唱する。
最大の強みは、「勉強ができなかった」という悩みを生徒と共有できる、ということである。
本日はそれを説明していこう。
個別指導塾の増加とアルバイト講師不足
近年、個別指導塾が増加したことによって、多くの塾が講師不足に悩まされている。
個別指導塾とは、講師一人に対し生徒1人~3人の形式で勉強を教える塾のことをいう。
つまり、従来の集団指導形式、先生一人に生徒多数といった塾は少数派になってきている。かつては集団指導一本でやってきた塾も、ここへ来て、個別指導を取り入れているところが多い。
つまり、どこの塾も講師が必要なのだ。大学生以上である、ということは採用条件に含まれているが、逆に、大学にさえ通っていれば採用されるチャンスはあるのである。
短大生もOKという塾もあるから、ぜひ探してみてほしい。
ブラックバイトについて
少し前に、ブラックバイト問題として、時間外労働を強いる塾というのが取り上げられた時期があったが、あれはめちゃくちゃな労働基準法違反である。塾の経営者も法律に詳しくなくてそのような事態を招いてしまうのだ。
まともな塾ならば、まずそういうことはない。
確かに、予習の時間、報告書への記入の時間は時給が出ないが、そういう時間を含めた時給の設定なのである。
予習は人によってかかる時間が変わるものであるから、一人ひとり給料が変わってきてしまう、というのが塾側の正式な言い分だ。それに、報告書の記入などは授業中に済ませてしまえば、全く問題ない。
実際、塾にいるのは普通の大学に通う大学生が多い
僕もいろいろな塾に勤めてきたが、
生徒に人気がある、長く続けている講師は必ずしも高学歴な講師ではなかった。
地元密着の塾には地元の大学に通う大学生が講師として普通にいたし、
そんな難関大学に通う学生は逆に少数派だった。
教務力は中学卒業程度の学力があれば十分だ。
なぜなら、ほとんどの塾で中学生を教えることになるし、
さらに、塾に通ってくる子のほとんどが「勉強ができない」生徒だからだ。
勉強ができないと言うことは、勉強が嫌いということでもある。
宿題を出してやってこない生徒なんてザラにいるわけである。
さらに、生徒一人一人の学力に合わせて指導できるのが個別指導のメリットであるから、
生徒がつまづいているところを簡単に、かみ砕いて教え、
「わかった!」「自分でもできた!」と思って家に帰ってもらう。
そのようにして生徒をやる気にさせていくのが講師の仕事である。
家庭教師も同様だ。
ほんの一部を除いて、中学生で家庭教師を頼むような生徒は間違いなく成績が悪い。
親の要望も、それなりの公立高校に入ってもらえればよい。そんな風な考えだ。
だから、安心して、初歩的なレベルから教えてほしい。
そして、
宿題をやってこなかった時に、頭ごなしに怒らずに理由をちゃんと聞いてあげる、
そして「勉強ができなかった」という気持ちを共有してあげてほしい。
中1英語3学期-ダイジェスト版
現在家庭教師の生徒へ向け英語構文の解説プリント絶賛制作中である。
ここでも公開して、できれば皆の意見を聞きたい。
中1英語構文の解説である。
基本の疑問詞 |
|
What |
何?(モノ、こと) |
Who |
誰?(人) |
Which |
どれ?(モノ) |
Whose |
誰の?(モノ) |
When |
いつ?(時) |
Where |
どこ?(場所) |
How |
どのように?(方法) |
□ 1. Which is your favorite, baseball or soccer?
(あなたのお気に入りは野球とサッカーのどちらですか。)
→「野球かサッカーかどちらなのか?」を聞きたいので文頭にwhich を入れ、
次にbe動詞、最後に「野球かサッカーか?」を持ってくる。
Which…(どれ、どちら)
favorite…(好みのもの)
or…(~か、~)
□ 2. Baseball is.(1の答え) (野球です。)
疑問文でisが使われているのでisで答える。
主語述語を含めば、Baseball is my favorite.と答えるはずだが、
my favoriteは省略可能。
□ 3. Where is my cap? (私の帽子はどこですか。)
My cap is on the desk. 私の帽子は机の上にあります。
下線部=「場所」を聞きたい。→whereを使う。
疑問詞を一番前+be動詞をその次に持ってくる。
□ 4. It is on the desk.(3の答え) (それは机の上にあります。)
場所を聞かれているので場所を答える。
Be動詞を使っているので答えもbe動詞を使う。
my capはitに置き換える。英語は繰り返しを嫌う。
desk…机
前置詞onのイメージ
前置詞の on のコアとなる意味は、(面への)"接触"である。
a cup on the table(テーブルの上のコップ)のように、
水平面での接触を表すこともあれば、
a picture on the wall(壁にかかった絵)のように
垂直面での接触を表すこともある。
□ 5. Whose pen is this? (これは誰のペンですか。)
必ずwhose+モノの名詞セットになる。
疑問詞+名詞を一番前+be動詞を次に持ってくる。
□ 6. It is mine.(5の答え) (それは私のです。)
「誰のペンですか?」と聞かれているので、
It is my pen.としてもよい。
主格(~は) |
所有格(~の) |
目的格(~を) |
所有代名詞(~のもの) |
I(私は) |
my |
me |
mine |
You(あなたは) |
your |
you |
yours |
He(彼は) |
his |
him |
his |
She(彼女は) |
her |
her |
hers |
We(私たちは) |
our |
us |
ours |
They(彼らは) |
their |
them |
theirs |
It(それは) |
its |
it |
|
□ 7. I know him. (私は彼を知っています。)
Know…(~を)知っている
□ 8. I like her. (私は彼女が好きです。)
Like…(~が)好きである
□ 9. I am watching TV. (私はテレビを見ているところです。)
現在進行形(~しています)
Be動詞+~ing
□10. Are you using a computer?
現在進行形(~しています)
(あなたはコンピュータを使っていますか。)
疑問文。現在形の疑問文と同様、be動詞を文頭に出すだけ。
use…使う
→using
「e」で終わる語を進行形にするとき、eを消してingをつける。
□11. Yes, I am.(10の答え)
□12. No, I am not.(10の答え)
答え方は普通のbe動詞の疑問文と一緒。
□13. What are you doing? (あなたは何をしているのですか。)
現在進行形(~しています)
「あなたは何をするか?」と動詞を尋ねる場合。
「する」という意味のdoを使う。進行形なのでdoing。
Cf.)現在形の場合
What do you do after dinner? (あなたは夕食後何をしますか。)
□14. I am listening to music.(13の答え)
(私は音楽を聴いています。)
現在進行形(~しています)
何をしているか聞かれているので、何をしているのか答えればよい。
listen to…~を聴く
□15. Don't open the door. (ドアを開けてはいけません。)
命令文の否定形。
Open the door.(ドアを開けなさい。)…通常の命令文
Don’t open the door. ← 先頭にDon’tを入れる。
□16. Be careful. (気をつけなさい。)
命令文。be動詞であっても、主語を抜くのは変わらない。
先頭にはbe動詞の原型「be」を入れること。
careful…注意深い
□17. I can swim well. (私は上手に泳ぐことができます。)
助動詞のcan。可能の意味。
canの後ろは必ず動詞の原型。
well…良い がもともとの意味。
□18. Can you play the piano?
(あなたはピアノを弾くことができますか。)
疑問文。主語と助動詞canをひっくり返す。
□19. Yes, I can.(18の答え)
canで聞いているので、canで答える。
□20. No, I cannot.(18の答え)
can not もしくは短縮形のcannotか can’t
以上3つのどれでもよい。
4年生で2回の留年を果たし、迎えた就活3年目の物語。
4年生で2回の留年を果たし、迎えた就活3年目。
僕には自信があった。過去2回の就活の経験という自信が。
エリート志向の人間からみたら鼻で笑われるような内定先かもしれないが、
曲がりなりにも内定を獲得してきた過去があるからだ。
面接には自信があった。だって、嘘をつかず本音を話せば良いだけだからである。
僕にはもう行きたい業界があった。
そう、教育系、しかも学習塾、予備校である。
とはいえ、そこ一本に絞るのはまだ納得感がなかったので、
教育、人材、コンサルの3つを受けることにした。
人材はなんとなくかっこいい。そんなイメージがあった。リクルート、インテリジェンスなどなど。かっこいいイメージがあって受けたが、どこもダメだった。
僕が受けた人材系の企業では、エントリシート通過後の選考は、グループディスカッションであることが多かったが、
まぁー、通らない通らない。悲しいくらい通らない。
リクルート、インテリジェンス、テンプスタッフ、マイナビ。全部落ちた。残念。
さらにアビームコンサルティング。エントリシートもテストセンターも通ったのに、ワークショップ型の選考でノックアウト。
結局、グループディスカッションある会社で、最終まで残ったのは、総合キャリアという会社だけ。ここはなぜか思った以上に選考が進んだ。
だが、結局学習塾の内定を貰っていたこともあり、辞退した。
コンサルは結局のところあまり受けなかった。
グループディスカッションの極意は僕にはわからない。誰か他の人に聞いて欲しい。
どのように内定したか?
内定したところはあっという間に選考が終わった。正味40分程度の選考だったのではないだろうか。
一次面接はほぼ採用担当者が一方的にしゃべるだけ。見た目をチェックされたぐらいか。
最終面接は、社長を含む役員勢揃いの面接だった。わずか15分程度。聞かれたことは、
- 学習塾のなかで、なぜウチを選んだのか?
- あなたの長所を活かして、ウチで働いた時にどういう風に貢献できるか、1分程度でプレゼンして下さい。
この2つだけだったような気がする。
面接の前に準備したことは、
- 「会社でやりたいこと」、「自分ができること」、「その理由」をパッと答えられるように整理しておいたこと。
- 学習塾なので、見た目は真面目な感じで。
社長が第一印象で僕のことを気に入ってくれたようなので、とても有利に事が進んだ。
質問にも準備通り答えたので問題なかった。
なぜウチを?の質問には、答えられるよう説明会で説得力のあるものをピックアップしておくことだね。
幸い、参加者が僕を含め2人だったので、とてもアットホームで質問しやすい雰囲気でよかった。
新海誠監督作品「言の葉の庭」を見た
「君の名は」の公開記念で、
久しぶりに一気見してしまう作品に出合った。
「僕だけがいない街」以来かもしれない。
程よく短編作品でよかった。
こういうある場所で出会う。
偶然出会う。
そんな男女の恋の物語というのはひきつけられる。
現実にそんな出会い方をしたいなと思うものだが、
なかなか自分の訪れる場所に若い女性はいない。
いや、いないってことはないな。
僕はよく書店に訪れるが、たまに魅力的な女性に遭遇することは往々にしてある。
でも、それが出会いにつながることはなかった。
結局、積極的に自分から女性に声をかけなければ出会いを引き寄せることはできない。
そういうものなのだ。
モテる男たちはナンパをしている。
それが僕の認識だ。
さて、本編の感想に戻るが、
主人公は、靴を作ることが好きで、それに命をかけているような高校生活だ。長期休暇はバイトをし、材料費や将来進学するための学費を貯めているそう。
そんなにしてまで、のめりこめる何かが欲しいなと、こういう物語を見るたびに思うのだ。羨ましいなあと。
好きな女性を守るために喧嘩だってする。
そんな主人公にうらやましくなる。
ああ、僕もこれくらい強い気持ちで守りたいと思える女性と巡り会いたいと。
改めて、新海誠監督作品は主人公たちの微妙な心情の変化を描くことに素晴らしく長けているなと感じている。
「ドラゴン桜」を久しぶりに見た。教育の役割とは。
教育関係者としては外せない漫画であろうが、
ドラマは、漫画とは設定がかなり違っているのでまた楽しめるのではないかと思っている。
ドラマ「ドラゴン桜」を見て改めて考えたこと
教育をどうとらえるかはその人次第だが、
この漫画を見ていると、やはり志望校に合格させることが第一であるように感じる。
人間的な成長などはそのための手段でしかない。
結局は結果を出さないと話にならない。
いくら教師が人間的理想を語ったところで、
究極的にはその人のエゴでしかない。
たとえ人間的に成長できたとしても、何らかの分野で結果を出さなければ意味がないということになってしまう。
この世は資本主義社会であり、競争社会であるからには、勝って勝って勝ち続けていかなければならないからだ。
人間的理想なんて個々人によって異なるに決まっているし、そもそも、人間が人間を教育するのだから、完璧でない人間が、その人間のなってほしい人物像に教育するのでは、まさに中間層が中間層を再生産する話になってしまう。
僕も、自分の理想を生徒に押し付けていた感が否めない。
気付かされた。教育を勘違いしてはいけないのだ。結局は生徒の志望校に受からせるしか方法はない。われわれ教師はそのために全力を尽くすしかないのだと。
結局は今の教育では直接的には勉強をできる人間を作ることしかできないようになっているのだ。だって勉強を教えているのだから。特に受験勉強なんて言うものはその最たるものである。科目ごとに試験があってそれを受けさせられる。それは誰でも変わらない。そういうものなのだ。
ただ、試験形式の違い、問題形式、出題内容の違いで、ある程度、人間を選別することを大学側はしている。つまり、大学がどのような人材を求めているかを試験問題は体現している。これは、ドラマの中でも言われていたことだ。
ドラマでは、このように言及されている。
東大は、余白に書き込みはしないこと。と書いてある。
あわてているとこういう注意書きを読み飛ばす。検算を書いてその科目すべて落とす人間もいる。
ルールを守ることが一番大事だといってもいい。
世の中の人間は大きな勘違いをしているが、
ルールを守る人間こそ、独創的で個性的な人間なのだ。近代科学であてずっぽうの研究で成果を出した人間はいない。みな基礎研究を理解し、その学問におけるルールを順守したうえで個々の研究を進めている。ルールの順守なしに研究の成功はありえない。
と、言及している。
ドラマの軽い感想的な
さてさて、
愚かな龍山高校教師たちを見て、
ああはなりたくないなあと思うとともに、
そんな愚かな者たちがいるからこそ、
山下智久や阿部寛らが演じる東大受験派に光があてられるのかなあ、
とも思ったりするのだ。
ガッキーも出演しているが、
今となっては清純派のイメージがついた彼女も、
香坂よしのや、「ギャルサー」時代の新垣結衣もそれはそれでかわいいなとも思ったりするのだ。
なんというか、桜木が貧乏という設定は嫌味な性格というものを緩和するために設定されたような気がする。
だって、あんな合理的で世の中の本質をついていて成功していない人がいないはずないじゃないですか。
要は、庶民に向けて設定をやさしく変更してあるとでもいうか。
井野先生は典型的バカ教師だったと思うが、後半は予備校にいる美人チューターのような立ち位置を獲得している。髪をおろしたほうがかわいいよね。長谷川京子。
ポケモンGOやったほうが感性が磨かれるよ!やれ!
最近、ホリエモンこと堀江貴文さんがテレビで「学校の勉強よりもポケモンGOやってたほうが良い」と話していた。
堀江貴文さんの発言は常に時代の先を行っていて尊敬するが、今回の発言は僕をはじめ教育関係者には衝撃の発言ではなかっただろうか。
要は、これからは学校の勉強で習うようなことは必要なくなる。なぜなら、今人のやっている仕事はロボットにとってかわられるからだ。人間は働かなくても食っていける時代に今後10年くらいで到達していく。
代わりにポケモンGOで培った感性や発想力が必要とされる時代に入っていく。
実際に外に出てポケモンGOをすれば、ポケモンがまだ画面の中にしか存在しないことに少し残念になる。これが、現実に外でボールを投げている状態だったら自分はどうなっているか?など、いろいろと想像を働かせることが感性を磨くことにつながる。
いろいろ考えたが、堀江さんの発言を自分の中では、最近はそう結論付けている。
こんなんじゃ、塾講師なんていらないんじゃないか?って思っちゃうけどwどうしよw
そんな僕も子供のころはポケモンで妄想してました。
以下は現在の僕の思考も入っている妄想録です。
僕の培った感性、発想力(ポケモンver.)
僕が中学生の頃は、ポケモンの世界が現実にならないな、願ったものだった。
つまり、街をでたら野生のポケモンがいて、モンスターボールで自由にゲットできる。各地には、ポケモンリーグに認められた実力者が待ち受けるジムがあり、それを制覇するために旅をする。
旅路の途中、様々なトレーナーに会い、互いに対戦して強くなったり、仲良くなったりする。
僕が小学校5.6年の頃はアドバンス世代(ルビー、サファイア、エメラルド)で、アニメもそのあたりを観ていた。
そこには、バトルフロンティアという、7つのバトル施設とその7つの施設のシンボルを集めるエンターテイメントがあり。
ゲームでは、ホウエン地方の外れの島、アニメではカントー地方に7つの施設が散らばっている、という設定だった。
特にアニメのバトルフロンティアの世界観に憧れ、カントー地方を旅してみたいなあ、という風に思うことが多々あった。
仲間とともに、特に、かわいい女の子も連れてw
他のトレーナーとのバトルに勝って、その賞金で生活するのは弱肉強食の世界であるかもしれないが、野生のポケモンと戦えばよいので問題ない。
ジム戦や、小さなバトル大会、ポケモンリーグやコンテストを制覇すれば、大きな賞金がもらえたりする。
しかし、基本的にトレーナー戦での勝利に対して、相手からお金をげっちするのであれば、負けたトレーナーはお金が無くなる。負けたトレーナーは、お金が無くなったらどこからお金を捻出すればよいのだろうか?普通のアルバイトをしたりするのだろうか。
ポケモントレーナーは一種の職業であり、10歳からなることのできる数少ない職業である。おそらく、プロのトレーナーと、趣味でポケモンをやる層というのがあるのだろう。
プロのトレーナーとは、事務リーダー、、ポケモンリーグの四天王、フロンティアブレーン、チャンピオン、そして、チャンピオンなどをめざし、日夜バトルを続け、賞金で生活するトレーナーたちである。
趣味レベルなら、たくさんいるだろう。山登り、キャンプファイヤー、空手王、海パン野郎、ビキニのお姉さん、などなど。
また、ポケモン関連の施設で働く者たちも存在するだろう。
ポケモンセンター、フレンドリーショップ、ジムトレーナー、デパート店員、トレーナーズスクール講師、自転車店、ゲームセンター、コンテスト会場、などなど。
職業としては、オーキド博士をはじめとした、ポケモン研究者、ポケモングッズ販売者などなど。
ひとつ疑問なのだが、技マシンや秘伝マシンは誰が作っているのだろうか?
この中で、ある意味、ポケモン対戦のプロとして生きるポケモントレーナーは、ポケモンが現存する世界において、エンタメを仕事にした典型例であろう。
【ずっとコミュニケーション!?】個別指導・指導ノウハウのまとめ
塾講師はかなりコミュニケーション能力を要する仕事だと思う。
なぜなら、言葉をかわすたびに生徒の言動だけでなく、表情や行動など、ボディランゲージの面からも生徒を観察しなければならないからだ。
いま、ならないといったのは、それができないと講師が務まらないからなのである。
授業
説明
教えるべきところは噛み砕いて教えよう。
これ、はっきり言ってかなり大事な部分の1つだ。ここが上手ければ、生徒に、「わかりやすい」と思って貰える。
要は生徒の頭のレベルまで落として説明するということだ。
例えば連立方程式の代入法を説明するとき、
代入というものがわからない生徒がいる。
どこまで戻るかは、その生徒のレベルによるが、
x=4のとき、
x+1=
と例を出す。
これは簡単なので、生徒も余裕で解ける。
4 +1で5ですよね。と解ける。
(x=5)
その次に、
2y=x+4
x=-2yのときxとyを求めよ。
こんな問題を出す。
2y=-2y+4
ここまではできた。
でもこれ以降が詰まってしまう。
こういうときは、
方程式の単元まで戻って学習させれば良いのだ。
だからわれわれ講師は、生徒がいつ、どの単元を学ぶか、きちんと把握しておかなければならない。
これは、経験すると把握するようになるので、最初は生徒と一緒にテキストをパラパラ見て探しても良いし、他の先生に聞いたりしても良い。
その他
- 最初は例題を生徒と一緒にとけ。
- そして次は練習問題を生徒にやらせる。(放任)
- その次は答え合わせをする。
- それで、間違ったところがあれば、
- 解答だけ記し、なぜ間違ったかを説明させる。
生徒に練習問題をやらせるのは、これは某塾のやり方のパクリだが、「自分の力でできた」という自信を持ってもらうためだ。
なぜ間違ったかを説明させるのは、ドラゴン桜からパクってきた。でも、生徒に客観性を持たせ、考えさせるには良い訓練だと思う。
宿題
授業でやったところだけ出す。
生徒のモチベーションによって異なるが、めちゃくちゃ出す。
完璧にできるようにする。
次の授業
宿題やってきたか、やってきてないか。
で変わる。
やってきてる生徒は普通に続きから授業。
やってない生徒が問題だ。
ここで、頭ごなしに叱ってはいけない。
理由を聞くのだ。ちまちまとコミュニケーションをとる。
授業態度に問題がある生徒についてはこちらから働きかけなければならないのだ。
授業態度が良くなるように説得していかなければならない。
そのために僕が読んだ本が紹介しよう。「人を動かす」だ
まぁとにかく生徒の話を聞くのである。
とりあえず生徒が納得するまで話を聞き、
こちれも納得するまで話を聞くのでそうやってコミニケーションをとって、信頼関係を築いて、
そうなって改めて生徒の生活習慣に問題があればそれは直すべきである。
講師が生徒に指示して直させるべきなのである。
以前担当していた高校3年生はまったくやる気がなかった。
授業中ずっと寝ていたので、ある顔を洗ってこいというのだが、してきても、またこくりこくりと寝てしまうのでどうしようもなかった。
勉強もあまりやる気がない、モチベーションがもてない生徒にはちゃんと話をするべきなのである。
しかし、当時はどうするべきかわからなかったから、ただ「家で早く寝たら」とかしか言えなくて情けなかった。授業中の生徒が隣で寝てしまうのに、なにもできないというのは、なんとも講師としては悔しいことなのである。
今は、どうしても眠い、という生徒には10分間ほど寝てもらうことにしている。顔を洗ったりするよりも、やっぱり、少しでも寝たほうが頭が冴えたりするでしょ?
最後に
僕は扱いにくい生徒ほど、こちらからコミュニケーションをとるようにしている。
説明のときもコミュニケーション、宿題やってこなかったときもコミュニケーション、いつもコミュニケーションである。
それが塾講師という職業だ。